Tuesday, June 30, 2015

【水無月30日】孤高のゴミ拾い(西寒多神社登拝道・参道ルート編): 14,306km/8,889mi

なんだかんだで袋一杯になってしまいました。
西寒多神社周辺の方達は、南大分周辺とは異なり、よく挨拶をされます。子供ちゃん達も、小学校の先生も。

【水無月30日】孤高の登拝(Going-to-the-God Trail): 67度目(上半期最後)

朝起きた時から体が重く、登拝中足の進みもよくなかった。雨の匂いがするどんよりした朝の西寒多山は、とても静かだ。山の住人達も体が重たいのかもしれない。8合目展望台より久しぶりに下界を望むことができた。(上: 新日鉄方面/下: 大分市街地方面)
奥宮にたどり着くと、西寒多山登拝道の反対斜面(中判田方面)を霧が高速で駆け上がり、奥宮を包み込んだ。「天空」状態時は、周囲はもっと暗く静寂、視界がきかず鳥居しか見えなくなり、足が地につかず雲の上を歩くような感じなる。雲の上を歩いたことはないけど。年に数回しか体験することはできない。
神様は夜行性だが、「天空」朝の西寒多の神は、まだ眠っていない。朝更かしの朝だ。磐座(石嶺殿)は、女性の神ではないかと感じている。
古代の祭祀の跡とも言われる磐座の前は、小さな広場になっている。この地で暮らした古代人の声を聴くには、明るくなる前、または「天空」の早朝に上がって来なければならない。西寒多神社の歴史は、この磐座から始まった。
奥宮・磐座の清掃と狛犬の手入れを終え、下界に戻る。

古き良きを新しき伝えること。磐座の門番(非公認)として、できる限り続けさせて頂こうと思っています。週1回ですけど。車でも行けますが、自分の足で登拝道を上がっていくことに意味があるのです。更に、西寒多神社までの6km(往復12km)を歩いて向うことにも意味があるのです。

こんな自分は、リアリストなのです。

追記:  本宮山のことを、自分は旧名の「西寒多山」で記しています。登山などをする人にとっては、本宮山。登拝人にとっては「西寒多山」という自分基準です。

Monday, June 29, 2015

【水無月29日】孤高のゴミ拾い: 14,294km/8,882mi

24時間前に拾ったばかりなのですが・・・。溜まっていたゴミも少し回収しました。パンパンですわ。
 年間通して、大分川・七瀬川土手沿いは、ティッシュ、トイレットペーパー、ウエットティッシュ(夏場)の捨場となっています。何をふいたものかわからず・・・gross!
Oita City become Dirty and The City.

今日は、道中3人のおばあちゃんに声をかけて頂きました。ありがとうございます。

よくある質問

Sunday, June 28, 2015

【水無月28日】孤高のゴミ拾い: 14,279km/8,872mi

24時間前に拾ったばかりなのですが・・・。目の前に落ちているゴミを回収するので手いっぱいとなり、数日の雨で溜まっていたゴミは回収できず。
ゴミを拾っていると、一般道・土手でカップ麺のゴミをよく拾います。歩行者が捨てたもの、車中から捨てたもの(写真)様々です。以前、都会の若者が電車の中でカップ麺を食べ、ゴミを車内に置いていくというような話題をTVで見ました。コンビニがお湯を提供することで起こることなのですが、ゴミ拾い人としては止めて頂きたいと思っています。歩きながらラーメンを食べる人は、ゴミを捨てる人種ですから。自販機の缶・ペットボトル用のゴミ箱の所に放置していたり。コンビニの駐車場でカップ麺を食べている若い営業マン風の男性を見ました。彼は食べ残したラーメンとスープをわざわざこぼし、カップをその場に放置して去っていきました。社名入りの営業車に乗っていましたけど。コンビニで買い物をして、車中で食べ、その場に捨てていく人は多いです。ちょっと降りてコンビニのゴミ箱まで行くことすらできないのです。そこを子供ちゃん達が歩いて登校するので、その前に通学路上のゴミは回収しておきたいです。子供ちゃん達が、それを「当たり前の光景」として慣れてしまうことを一番恐れています。朝早く回収して下さるシニアの方達もいらっしゃいますが、その30分後にはもうゴミが落ちているので。

歩きながらカップ麺を食べる社会って、ちょっと低俗ではないでしょうか。「そこまで民度が落ちているのか・・・」と思うのですが、大分の社会は気にならないようでして。アメリカのスラム街並の光景です。

春の事、一部上場企業のピカピカの1年生男女5人組が、昼休みにコンビニにランチを買いに行きました。その内の1人が店を出てすぐお弁当を歩きながら食べ始め、社に戻っていきました。多くの通行人が、彼の行為に「?」という視線を向け、さすがに、それを見かけた上司の方が、厳しく叱責されていました。上司の方も頭痛いです。
「ゴミノミクス」の話です。6月になってからカップ焼酎の「黒霧島」が目立つようになりました。
「大分のゴミ捨て人」人気No. 1ブランド焼酎。焼酎のゴミでは、ほぼ100%に近いシェアだったのが「三楽」なのです。
6月のシェア比率は、6:4で三楽です(黒霧島以外のブランドもあり)。アベノミクス効果で大分の景気が上向いているのでしょうか?この時期のポイ捨てゴミが例年より多くなっていることについては、景気が影響しているのか否かの判断はまだつきません。焼酎以外のゴミ品目には大きな変化ありません。もうちょっと観察・分析の必要があります。

20代男性の家庭ゴミ投棄が増加したことは、明らかに有料化の影響です。酷いですよ。
Oita City is Dirty and The City.

Saturday, June 27, 2015

【水無月27日】孤高のゴミ拾い: 14,264km/8,863mi

通常ルートのゴミ拾いは、登拝と雨続きのため月曜日以来となりました。当然、4日分のゴミが散らかっていたわけでして、今日はゴミ1袋分だけ回収しました。雨上がりは、ゴミが倍以上の重さになります。
Oita City as Dirty and The City

Tuesday, June 23, 2015

【水無月23日】孤高の登拝(Going-to-the-God Trail): 66度目

夏至翌日、これから徐々に朝が遅くなっていくのだ。冬のこの時間はまだ漆黒。
この時期、1週間で山の姿は激しく変化し、圧倒的な自然の生命力を体感できる。
簡単には通してくれない。
今朝の西寒多山(現・本宮山)の住人達は、活発に行動していた。明け方、山の下の方は狸サイズの小動物、中から8合目展望所くらいまでは猪、8合目から上には鹿がいる。彼らにも日々のルーチンがあるのか、大体同じ場所で同じ動物に出会う。総じて、西寒多山の動物たちはのんびりしていて、警戒心が薄く、先に自分が気づくことが多い。自分に気付くと小走りに逃げていくのだけど、鹿は少し離れた所で自分を見ている。昨年、深い霧の中で雌の若い鹿に出くわし、お互い立ち止まり、しばらくして彼女は立ち去った。ちょっと前、奥宮に雌の鹿が現れた。多分、去年の彼女ではないかなと思っている。
もう1ヵ月くらい下界を見れないでいる。いつも下界(大分市街地)を見下ろし、しばし考え事をするのだけど、真っ白なのでそのまま下りてくる。
奥宮の社と磐座の清掃はキッチリと。管理される氏子さんもいらっしゃいますが、いつも来れるところではないので、週一回自分が簡単に。余計な事をしてはいけないので備え付けのホウキで簡単に掃き、Myブラシで駒ちゃん2匹をお手入れする程度。ガッチリすると数時間かかる。
神に仕える者、特別な信仰心がある者ではないですが、日本人として、大分人としてできる範囲のことは。

【水無月23日】孤高のゴミ拾い(西寒多神社登拝道・参道ルート編): 14,249km/8,854mi

西寒多神社から10号線までの参道で一杯になってしまいました。週一度とはいえ、過去最高の量でした。10号線から大道バイパスは「机の上のゴミ」なので車会社の人やシニアの方達が拾ってくれますのでそこまで多くないですが、自分は彼らには見えないゴミが見えるので。店休日の時は多いですけども。
通常のルートだけではなく、住宅地であるにも関わらずこのポイ捨てゴミ量はちょっとね。

ピーク時並みの多さなのですが、その原因と対策を含めてもっと深刻に考えないとです。異常事態です。この現象は、大分市の南の方(南大分/稙田/寒田など)だけの話なのでしょうか?

Monday, June 22, 2015

【水無月22日】孤高のゴミ拾い: 14,237km

拾った以上に捨てられました。24時間前に拾ったばかりなのですが、破壊的な捨てられ方でした。
大きな袋が投棄されていたので中身を取り出してみると、お人形さん1体と額縁とガラス片が入っていました。ガラス片が手首に当って危なくリストカットするところでした。気を付けなければなりません。お人形さんをゴミ袋に入れ捨てることはできませんので、「ごめんね」と袋に戻し、回収できるものだけを持ち帰りました。
悪質なゴミ投棄が日々増加しています。どうしちゃったのかなぁ・・・大分は。
Oita City as Dirty and The City

Sunday, June 21, 2015

【水無月21日】孤高のゴミ拾い: 14,222km

24時間前に拾ったのですが・・・。全てのゴミを1日で回収することはできず、翌日にまわしても今日の様に拾った以上に捨てられていくので間に合いません。更にこの季節は雨で拾えない日が多く、更にため込んでしまいます。こんな事の繰り返しです。
 写真のようなゴミが10/15km続きます。
5月のGWと年末にポイ捨てゴミのピークがあり、その間いくつかの波があるのですが、今年は波がなく常に多いです、「ゴミ有料化」と「民度の低下」が主な要因です。今年のGWは、駅ビルオープンが影響し人の流れが去年とは違っていたこともあり、ゴミの捨てられ方にも変化があり「ピーク」というほどの量ではなかったです。少ないということではないです。
Oita City become undisputed Dirty & THE CITY and  one of the SNOBBIEST CITY in Japan.

大分の絶対的マイノリティはそう思っていますが、大分のマジョリティが無関心であるので「是非に及ばず」ということになるのでしょうか。明日もまた拾いに出ます。
世の中の混迷困窮が続くと、人の攻撃の矛先は外へ向かわず、内に向いがちだ 。
異物を排除しようと法律や規則が強化されつつある。 
気が付くと我々は、法律や規則に強く依存しており、自分で何も決めず考えなくなっている。 
杓子定規な言い分や愚にもつかない大義名分に縛られ、身動きがとれなくなっている。 
我々の先人は、問題解決の時、知恵を使ってきた。 
それが難問であればあるほど、予めの決まり事や約束事に捕われず、発想豊かに知恵を使ってきたのだ。 
嘘や理屈に合わぬ事、時には非合法な事も必要だ。 
この世界を本当に動かしているのは、法律でも規則でも無い、そんな人間の優れた叡智なのだ。 
人は善く生きれば良い、善く生きる事がすべてだ 
~「京の散歩道」より~

Saturday, June 20, 2015

【水無月20日】孤高のゴミ拾い: 14,207km

雨で2日拾えず、2日分しっかり捨てられていました。水を含みかなり重たくなっていますので、袋1枚分しか回収できませんでした。写真は府内大橋付近。
府内大橋を過ぎてから後半は、特に家庭ゴミポイ捨てスポットが数ヵ所ありますのでゴミが一気に増加します。彼らの投棄するゴミを開封して分別する作業が続きます。この季節、特に悪臭がね・・・。ゴミの有料化後、こうなることは最初から予測できていたことなのですが、打てる手を打たず、その後もアウトモラルのやられ放題となっている大分市です。常に後追いで対処しようとするからこういう事態になってしまいます。
机の上ばかり片してもダメですよ。民度の低下が止まらず、なかなか難しい大分市です。それでも拾い続けるしかないです。
美徳(excellence)は、訓練と習慣の賜物である。

我々は、あらかじめの美徳が具わっていたり、卓越した能力があるからこそ正しい行動ができるのではなく、正しい行動をするからこそ、美徳や卓越した能力が得られるのである。

我々が何であるかは、我々が繰り返し何を行ったかによって決まるのである。

それゆえ、美徳は行いではなく、習慣なのである。

~アリストテレス~

Wednesday, June 17, 2015

【水無月17日】孤高のゴミ拾い: 14,192km

今日もゴミ袋一杯になってしまいましたが、昨日の雨でゴミが倍の重さで、2枚目投入できず。一昨年、昨年よりも多いですね。
あちこちの水田に空缶が投げ込まれるのも大分市のこの時期の風物詩です。田主さんが、水を入れる前に片したばかりで・・・お気の毒としか言いようがありません。食べ残し、飲み残しのゴミが多く捨てられる大分市ですが、こういう所にもその性根というのが現れていますね。
山河、田畑、お墓、お地蔵さんによく投げ込まれるのですが、これから先、この町に明るい未来が訪れるとは思えないのですがね。お天道様見てますよ・・・きっとね。

Tuesday, June 16, 2015

【水無月16日】孤高のゴミ拾い(西寒多神社登拝道・参道ルート編): 14,177km

山を下りてしばらくすると雨が降り始めたので、浅く拾って帰宅しました。少ないけど、水分を含んで結構重たいのです。

【水無月16日】孤高の登拝(Going-to-the-God Trail): 65度目

大分市街地は、雨雲に覆われ全く見えず。今朝の西寒多山は、山の住人達も外出を避けてか、静寂に包まれていた。
雨雲の中に入ると、雨が降っていなくてもすぐにびしょ濡れになってしまう。手早く掃除を済ませ、西暦413年頃、この地で暮らしこの磐座を見上げた大分の古代人とシンクロし下界に戻った。「異次元の入口」は、まだ自分の前には開かない。
雨が多いこともあり、登拝道は力尽きた木々が沢山倒れていた。山のパワーを感じながらの登拝だった。来週は、山の住人達に会えるといいな。
来るたびに草木の急成長で登拝道が狭くなり、人間を簡単には通してくれない。

【2017.7.24】ミレニアムの日記

ミレニアムの夢を見て17年前の手帳を開いてみた。 そこには、元気にバリバリやってるボクがいた。 世界中がミレニアムで浮かれていた。 ボクは、ミレニアムの瞬間を1人デンバーで迎えた。 その時描いた2010の自分の姿 それとは真逆の自分がいる2017。 ...