Wednesday, November 30, 2016

ラストスパート

11月があっという間に終わってしまうのは毎年のことなので、1日1日を大切に気合いを入れたつもりではあったが、やっぱり今年の11月も早かった。
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ASKA容疑者のタクシー車載カメラ画像とスペースワールドのスケートリンクの件は、聞いた瞬間に問題になることは想定できたことだが、別府市の「湯~園地計画」も気を付けなければと思っている。

タクシーの映像が流れたことには驚いた。

ところで、市長さんの言うところの「公約」とはどういうことなのかな?

ちゃんとしたマーケターがついていたなら使わせないワードだと思うし神経質になるところ。

具体的なプランなく先に大風呂敷を広げたという認識でいいのだろうか?

釈迦に説法だが、プロセスはキッチリと。

若い市長さんには頑張ってもらいたいので、気を付けないとね。
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最近、ゲートボールよりグランドゴルフ人口の方がかなり多いように感じていたので、ゴミ拾い道中でそこら辺のことを聞いてみた。

最初の頃は、ゲートボールとグランドゴルフの違いもわからず。

曰く、

ゲートボールは団体競技でグランドゴルフは個人競技だと。

ゲートボールで負けてしまうと、「お前のせいで負けた」とメンバー同士で喧嘩になってしまうことがあり、それが嫌でグランドゴルフをしているのだと。

ゲートボールを楽しんでいる人の話も聞いてみたいが、以前、ゴミ拾い道中でちょっと話をした時に、グランドゴルフのことをあまり良く言ってなかったように記憶している。

派閥的なこともあるのかもしれない。

いくつになっても人間関係の難しさ。

仲良く楽しんで下さい。
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残りの今日は、月末日恒例行事の万年筆の手入れをしてから寝る。

師走も頑張ろう。

大分市のゴミによるイジメ【2016.11.30】孤高のゴミ拾い: 19,901km/12,366mi

「土手の草を刈るとキレイになるのでゴミを捨てにくくなる」と言われる方がいますが、少なくともこの4年に関しては関係ないです。

刈った次の日には、もうゴミが散乱しています。

昔はそうだったのかもしれませんが、大分の町もまた性善説的な考え方は通用しません。
草があると草むらの中にポイと捨てますが、キレイに刈られると自分から離れた場所(見えない場所)に捨てるというゴミ捨て人の心理が働きますので、土手の下の方に投げ込みます。


土手を下って回収、戻ってちょっと進んで今度は反対側に下りて回収。

また上がって左反対側に・・・という作業を数キロメート繰り返します。
私のゴミ拾いルート上では、地図の赤線部分は車中からのポイ捨ても加わり特に酷いのですが、土手沿いはどこも同じような状況ではないでしょうか。

通勤・通学路でもあるので、拾っても拾っても24時間後には拾った分だけ、拾った以上に捨てられています。

毎日それを繰り返しています。

私一人で何人の大分市のゴミ捨て人を相手にしているのでしょうか。

タバコを含めると1,000人くらいになるのではないでしょうか。(毎日でないにしろ)

皆さんは「ゴミのひとつくらい」なのでしょうが、それが100人になると、1,000人になるとね。

毎日家の前に捨てられる方達もいます。

市役所に話してもどうにもならないらしく、彼らは怒りと情けない諦めの気持ちで過ごしておられます。

その多くの方達は、人生の大先輩方です。

ご自分の家の前に毎日ゴミを捨てられることを想像してみて下さい。

私は、それは陰湿なイジメだと思っており、私が拾い歩くことで彼らの怒りと諦めの気持ちが和らげばと思っています。

子供達のイジメの温床もこういう社会にあるのですよ。

大人が子供達の手本になれませんから。

マイノリティである毎日拾い歩く大分人と、マジョリティであるそうでない大分人の感覚の差です。

市役所や学校の皆様もマジョリティですので、いつまでたっても解決はしません。

そもそも、大分市民がゴミを捨てるのは、市役所や学校教育の責任ではないと、20,000kmゴミを拾い歩く私は思っています。

「人のせいにするんじゃねぇよ」と。

まずは、その考え方から変えないとですね。


ゴミ拾いは、怒りの気持ちを持ったらできないのですよ。

「なんで俺が他人が食い飲み散らかしたゴミを拾わなければならないんだ!」と思ってしまうでしょうし、ゴミ捨て人に強く当たってしまうこともあるでしょう。

そう考えてしまうのも当然なことなのですが、それでは長続きせず、だからこの町はこういう有様になっているのです。

けど、誰かがやらなければならないのですよ。

掛け声や標語だけでは解決できない問題のひとつです。

「本気でやるのか、やらないのか」の二択です。
 ゴミ拾い中に大根を頂戴しました。

「ゴミばっかり拾わんで、野菜持って帰りよ!」と声を掛けて頂いています。

いつもお気遣いありがとうございます。
皆様のご理解とご協力をお願い致します。

Tuesday, November 29, 2016

輝石と奇跡【霜月29日】孤高の登拝137度目(Going-to-the-God Trail)

オリオン座をチラチラ見ながら西寒多神社に向かい、奥宮からは北斗七星を眺めながら清掃を始めた。
西寒多山(本宮山)の住人達は静かで、木々の囁き声だけが微かに聞こえてきた。

静かだが気配がないわけではなく、沢の反対側から何度か視線を感じることがあり、恐らく狸ではないかなと。
いつもの通り、奥宮入口道から掃き清める。

明るくなるのが遅くなったので、灯を口にくわえながらの作業は一時間となり顎が痛い。
暗い中での作業では、どうしても掃き残しが出てしまうので、スキルアップの努力をしなければならない。

冬至まではまだ時間があるので、まだまだ遅くなる。

顎のメンテナンスもしっかりと。
登拝を始めた頃は、お参りをするだけで清掃はしていなかった。

しばらくして拝殿前と磐座(石嶺殿)前の清掃を始めた。

その頃の奥宮は、放置状態というわけではないものの、手入れが行き届いているという状態ではなかった。

奥宮までは車で行くこともできるが、それでも管理者(氏子さん?)が小まめに管理するというのは大変な作業で、それは自分でやってみてよくわかった。(氏子さんへのリスペクトの気持ちは、常に持っている)

「孤高のゴミ拾い」と同じく「誰もやらない(やれない/できない)のなら自分が」ということで始めた。

晴れの日でも薄暗く、「氣」の通りも悪く、空気も澱み、「幽霊出る所やろ」と言われる有様だった。

写真は入口道の過去と現在だが、同じ道に見えるだろうか。
奥宮の中も薄暗く、枯葉が堆積していた。
なるほど、これでは人も寄り付かないし、西寒多の神もご実家である奥宮に戻ってきてはくれない。

「キレイにしていないと神様も寄り付かない」と、奥宮でお会いした登山者、ネットの向こう側の知らない方々が口にした。

「恐いので奥宮には下りて行かない」という女性登山者に会うこともしばしば。

ごもっともな、おどろおどろしい空間だ。
入口道から奥宮・磐座を休むことなく掃き続けて三時間、この時期は四時間を要する。

奥宮に「氣」と「風」を通し、お天道様と西寒多の神を迎える空間を取り戻すのに一年掛かった。
キレイにするだけでは戻すことはできず、夏は激しく虫の攻撃を受けながら、冬は寒さに耐えながら休まず続けなければならない。

鶴の恩返しのごとく、掃き清めている姿は人様に見られてはならぬ(なるべく)。

それは、お告げ的なことなのかも。
They are all perfect.

落葉一枚もないこのアングル(↓)が決まるとつい呟いてしまう科白だ。
美しく凛とした奥宮は、とにかく気持ちがよいのだ。
約二千年前(神社となる以前)よりこの地に住む民が崇めた磐座(石嶺殿)も輝きを取り戻した。

彼らは、一体何を祈っていたのであろうか?
写真では神秘感は表現できないが、肉眼で見ると赤色に輝いている。

ほんの数分の現象だが、この間、風は止み、鳥も鳴くのを止め、「しーん」という音だけが聞こえてくるのみ。

雪に覆われるとともっと美しい。

これが、古代よりこの地に住む民が継続してきた「絆」というものではないか。

口に出すと安っぽくなってしまうのが「絆」と「おもてなし」である。

「なぜ登拝を始め、そして三時間も清掃をしているのか?」とはよく聞かれること。

正直、小生にもわからない。

西寒多山(本宮山)から見える下界のゴミを毎日15km拾っている小生を上に導かれたのではないかと。

「其方が掃き清められよ」と。

生まれ持っての三日坊主と怠惰である小生が、丑三つ時に歩いて出かけ、真っ暗な登拝道を独りで登り、奥宮を掃き清め、ゴミを拾いながら自宅まで戻ってくることを、こんなに続けることができることは、奇跡としか言い様がない。

小生は、特別な信仰心があるわけではなく、特に山登りが好きなわけでもない。
雪の日は、もっと美しく輝く。
麓の西寒多神社は、常に美しく。
小生は週一度のことだが、西寒多神社の方々は、感謝の気持ちで毎日毎日繰り返しておられる。

奥宮から下りてくるとTさん(Tさん以外の方も)がいつも掃き清められており、そのお姿を毎週拝見させてもらっていなかったら、奥宮の三時間清掃は始めていなかったと思う。
大分の町も心身ともに美しくなればと。

祈りごとはせず、感謝の気持ちで自省と自戒を繰り返すのみ。

薄っぺらいわぁ【2016.11.29】孤高のゴミ拾い(西寒多神社・奥宮ルート編): 19,886km/12,357mi

登拝道と奥宮には、小さなゴミがチラホラと。

谷下に投げ込まれたゴミは、危険なので回収できず。

この季節は、登山者のポイ捨てゴミが多くなりますが、枯葉が多いので煙草の吸殻はやめて頂きたいです。

ご本人は消したつもりなのでしょうが、葉が焦げてることがあります。

取り返しのつかないことになりますよ。
それと、拝殿の下にゴミを捨てるのもやめてください。

多くの登山者にとっては、単なる休憩所としての奥宮なのかもしれませんが、この場所を古代から守り続けている人たちもいるのです。

私には山・川・海に来てゴミを捨てる人の心の病み(闇)はわかりませんが、普段「人が山に登るってのはさぁ・・・」とか格言めいたことを言ってるのでしょうか。

薄っぺらいわぁ
全体的にはゴミは少なく。

皆様のご理解とご協力をお願い致します。

Monday, November 28, 2016

あったかい田舎の夜

天気予報とは異なり、雲の多い晴日だった。

街角のLEDのクリスマスデコレーションは、どこも青色が多く氷の世界にいるようだ。

感じ方は、人それぞれ。

家であったかく楽しむことに。
***
生まれや育ちが違えば、考え方も100人いれば100通りあるのではないか。

テレビやネットでどなたかが発言すると、それに対して美しくない言葉で意見交換が始まってしまうので、すぐにTVを消し、ネットを切断し、読みかけの小説を開く。

「そんな考え方もあるんだ」ではダメなのかねぇ。

挑発的・風変わりな発言をする人がいて、それに暴力的に反応する人がいて、それを煽る人がいて、煽りに乗っかる人がいるのだが、なんとも薄気味悪く、おどろおどろしい社会に見えてしまう。

その流れに乗っかる暇があれば、街角のゴミをひとつ拾った方が、世の中のお役に立つのではないかと思っている。


「天国へ行こうとして奉仕をするバカが多い」というアメリカ映画の科白。

見て見ぬふりも人それぞれ。

「評価は人のもの、行動は自分のもの」でいいのではないかな。

「自分の常識は他人の非常識」同様、モラルの定義も人それぞれ。

What is moral is what you feel good after, and what is immoral is what you feel bad after.
( 道徳的なことは後から気持ち良く、不道徳なことは後で気分が悪い)
~アーネスト・ヘミングウェイ~

ゴミを捨てた後で気持ち良い人もいれば、後で気分が悪くなる人もいるのかもしれない。

スマホを操作しながら食事をする人がマジョリティ(多数派)になれば、操作しない人がマイノリティ(少数派)になってしまうのだ。

デジカメ・スマホなどでレストランの料理を撮影することを、英語で「Food Porno(フード・ポルノ)」と表現し好ましくないとされていたが、今ではポルノが当たり前となり、お店側も「ポルノ解禁」だ。

問題意識を持たないマジョリティが、親・教育者・政治家・ビジネスマン・メディアマンとなり社会を作り、子供達にとっては、生まれた時から現在・過去の非常識が常識になっているのだ。

いつの世もそういうことの繰り返しなのかもしれない。

合理的に考え、自分さえよければよいという個人主義になることで良いこともあるが、それによって失うこともある。

そのバランス点をどこに設定するかなのだが、現在の日本の状況、日々のニュースを見聞きする限り、うまくいってないのではないかな。

昔から存在した災害時の「火事場泥棒」「悪質便乗商法」に「心なきネットユーザー」が加わった現代。


昔の外国人から見た日本人のステレオタイプ像はなくなったが、最近は新たなステレオタイプの顔が形成されつつあるのではないかな。

「古い」「新しい」で物事を判断する人も多いが、その考え方自体が古い気がしてならない。

The hands that build can also pull down.
(物を作る力は、同時に壊す力でもある)

という事もあるが、「古い」「新しい」で物事を判断する人というのは、壊すだけで作ることができない人が多いのではないかしら。

彼らもまたすぐに古くなる。

それも今以上のスピードで。

今あるものに感謝せず、上手に活かすことのできない人達に何が作れるのか、未成熟な小生にはさっぱりわからず。


ゴミを拾っていると、今の日本の問題点の源が落ちていることに気付くようになる。

日本の縮図が、道に落ちている。

「足元のゴミひとつ拾えぬほどの人間に何ができましょうか」
~鍵山秀三郎~

将来、街角のゴミは、ルンバが片してくれるのかな。

その頃には、AIが人間を上回り、言う事を聞いてくれないかもしれないが。


間もなくすると小生も「敦盛」世代に足を踏み入れる。

今まで多くのモノを得て、それ以上のモノを失ったのではないかと思っている。

過ち・反省の多い男だ。

これからの人生(余生)、あと何年生きられるのかは神のみぞ知るだが、「古き良きを新しきに伝えること」をコンセプトにと考えている。

何をどうするのかは、未だ考え及ばす。

人生の先輩方、若い世代のご意見を拝聴することに。


真っ暗な登拝道を上がり、奥宮を独り数時間掃き清めていると、下界で有限に思えることが、奥宮では無限に感じることがある。

アメリカで長く暮らし合理的な西洋スタイルに染まったはずなのだが、やはり日本人DNAなんだなぁ。

それも田舎者の。

田舎ってのは、あったかくなければならねぇんだよ。
***
日本の国会のやり取りのレベルが低すぎて暗い気持ちになる。

カジノは、カジノのイメージ云々以上に、それに群がる人たちへの嫌悪感なのではないかと。
***
ちっこい子供ちゃんが、「すぶたは、すのにおいがする」と言った。

ガシャーン!【2016.11.28】孤高のゴミ拾い: 19,874km/12,349mi

朝から交差点で車同士の衝突事故。

お互いに譲り合いの気持ちがあれば回避できた事故です。

県外の人の多くが、大分人の車の運転についてはボロクソに言いますが、譲るのが苦手なんですよ。

譲る(待つ)ことを「負けたごたる」と考える人が多いのです。

車の運転は、ドライバーさんの性根の部分が出ます。

で、ボロクソ言われるわけですから、大分がどういう町かということですね。

信号が変わった途端に飛び出してくる「右折最優先」ドライバーさんも多いので、県外の方は大分での運転にはお気を付け下さい。

優しいドライバーさんも多くいますけどね。

【1:29:300の法則】
1件の悲劇がある。その背景には29件のトラブル、300件の「ヒヤリ」「ハッ」とする体験がある。

300件のヒヤリで止めましょう。何事も。


安定の大分クオリティの投棄ゴミ。
 こういうゴミは、ビックリするので捨てないで下さいね。
 皆様のご理解とご協力をお願い致します。

Sunday, November 27, 2016

甲斐源氏

歴史に「たられば」はないが、武田信玄があと10年早く生まれていたら(長生きしていたら)天下を取っていたのかもという「たられば」。

信玄が天下を取っていたら、その後の日本はどのようになっていたのだろう?

少なくとも、小生は今この大分の地に存在しなかったのではないかな。

大分に住む「甲斐源氏」は、甲斐国から追われてきた先祖の流れであることが多い。

大分市「加倉神社」に以下のように記された石碑がある。
武田信玄の長男 義信は永禄七年 謀反の企てありとし幽閉されたが信玄の師僧 臨済宗本山妙心寺の名僧
 
快川和尚の進言で義信は自害したことにして豊後国大分郡高崎の臨済宗 妙心寺派の末寺 惟福寺に陰栖

三年後 永禄十年 当地、大迫を安住の地と定め移住 甲斐姓をなのる

「義信三十三歳」後 大友家の招きにより家臣となる

正徳五年 甲斐喜兵衛信利が府内藩山役与力として高崎山周辺の管理役ほか付近住民の差配を努める為 椎迫村より 大迫に移住

甲斐家は甲斐国の武田一族で四百二十年前の元亀三年 織田信長の爲浪人して甲斐国を出国した

武田信行が甲斐姓を名乗ったのが始まりである

信行が一族と共に豊後国に入り大友家臣となり大分郡笠和郷(椎迫村)に移住 

~『加倉神社』記念碑より~ 

誰一人欠けても同じ世界にはならないのは、歴史もリアルタイムも同じこと。

瞬き一回の差で人に会ったり合わなかったり。

その一瞬でその後の人生が大きく変わることもあるだろう。

「自分一人がいなくなっても世界(日本)は変わらない。誰も悲しまない。誰も気づかない・・・」と考える人もいるだろうが、「命」ってのは、そんなに安っぽいものではない。

同じ道のゴミを20,000kmも拾っていると、前日あったはずのビー玉くらいの小石がなくなっていることにも気づくようになるものでね。

自分の命と一度愛した女は、安っぽく見るもんじゃねぇよ。

人生にも「たられば」はないから。

明日死ぬかのように生きろ
永遠に生きるがごとく学べ
~マホトマ・ガンジー~

猛省と自戒。
***
『早すぎた秋』

もう枯れはじめた木の葉がきつく匂う
穀物畑は刈り取られて何もない
私たちは知っている
次にくる悪天候が、私たちの疲れた夏にとどめを刺すことを

エニシダの葵がぱちぱちはじける
突然、今日私たちがもっていると思っていたものが
すべてはるか昔にあったように思われるだろう
そして、あらゆる花が奇妙に狂い咲きしたように見えるだろう

ひとつの願いが不意に打たれた魂の中に不安げに芽生える
塊があまりに強く生に執着しませんように
魂が木が枯れるように枯渇を体験しますように
魂の秋にもはなやかさと彩りがありますように

~ヘルマン・ヘッセ~
***
雨でゴミ拾いはできず。

Tina Turner is celebrated her 77th Birthday today!
77歳かぁ・・・

Saturday, November 26, 2016

夢の中のスタバ

夜より雨。

明日のゴミ拾いは休むことに。
***
百歳で他界した祖母が枕元に立ち「貴方は、まだまだ」と言った。

ハッキリは覚えていないのだが、何かを小生に問いかけ、それに対する答が正解ではなかったようだ。

そこで目が覚めた。
***
サンフランシスコのチャイナタウン入口にあるスターバックスで小生は誰かを待っているのだが、待ち人が来たことは一度もない。

もう何度その夢を見たことだろうか。

窓際の席に座った夢の中の小生は、自分が夢の中にいるということには気付いているようで「またこの夢か・・・」と、落ち着かない様子で辺りを見回している。
(394 Grant Avenue, San Francisco)

次にサンフランシスに行った時、小生は必ず13:00過ぎに夢の中のいつもの窓際の席に座わり、いつも通りにモンブランの万年筆をテーブルの上に置き誰かを待つ。

待ち人が現れるような、そんな気がしてならない。

一体誰なんだ。
***
中村梅雀さんファンです。
***

あいさつOITA+1運動【2016.11.26】孤高のゴミ拾い: 19,859km/12,340mi

お天道様が上がると足を止め、二拍一礼をされるシニアの方達を土手でお見掛けします。

皆様の想いとは。
土手の坂をゆっくりやっとこさ下るリハビリ中のシニア男性を、通りがかりのウォーキング中の元気なシニア男性が、少し離れた所から心配そうに下りきるまで見守っている姿をお見掛けしました。

リハビリのシニア男性は、見守っていてくれたことに感謝をし一礼、見守っていたシニア男性は一礼を返す。

そして、見守っていたシニア男性が、私に気付き笑顔で頭を下げ、私も挨拶を返す。

歩を進めリハビリのシニア男性に「明日は雨ですね。お気をつけて」と声をかけると、「あなたも毎朝ご苦労さん」と、笑顔で応える。

これが、大分市が唱える「あいさつOITA+1運動」です。

キャッチボールは、ただ投げるのではなく、相手が獲りやすいボールを投げることが大切ですね。

獲りやすいボールを投げてもらったら、感謝の気持ちをボールに込めて返球すればよいのです。

荒れ球を投げられも、相手が獲りやすい所に優しく返球すればよろしい。

損得の話ではないです。
ゴミは相変わらず。

皆様のご理解とご協力をお願い致します。

Friday, November 25, 2016

古疵

人間、古疵でも大威張りで見せて歩くことだね。
 そうしなけりゃ、己が己に負けるのだ。
~松本清張『左の腕』より~
 生きていると隠したい、消したい過去や疵は誰にでも一つはあるもの。

過去からは逃げれないのもまた運命(さだめ)。

過去とどう向き合うのかは、いくつになっても難しいもので。

忘れようとすると苦しくなるもので。

逃げると影のように追ってくるもので。

過去から目を背けてしまうと、鏡に映る自分の目から目を背けるようになるもので。


行きつく先は「古疵でも大威張りで見せて歩くこと」である。

無理せず一日一歩から始めればいいし、誰かに支えてもらいながらでもいいし、杖をつきながらでもいい。

大切なのは、歩き続けること。

歩く前に自ら命を絶つ子供ちゃん達のニュースを見るたびに、苦い味が口の中に広がる。
***
いよいよ日本でも「Black Friday」が。

ハロウィンを含めてアメリカンスタイルの「ビジネス」が取り入れられ、日本スタイルの「商売」が太刀打ちできなくなってきた昨今。

1980年代のアメリカの大学では、日本スタイルの「商売」についての映像などがビジネスの授業(マーケティング)で使い研究され、それについて皆の前でよく解説をさせられたことを思い出した。(今はどうなのかな?)

ゲームやIT業界などは、世界で戦える日本だが、「商売」は完全に飲み込まれてしまった。

新しいスタイルを作るより、真似をするほうが楽であり、それは、ビジネス・社会環境だけではなく、能力的な問題もあるのではないかなと思っている。

日本各地で商店街が苦戦。

アメリカには商店街は存在せず、真似をしたくても真似することができず、時代に取り残されて困っているのだ。

商店街が飲食店ばかりになってしまうと、店舗は埋まり一見栄えて見えるのだが、商店街としては末期状態ではないかな。

わが町大分の商店街も飲食店街化が進行している。

それも時代の流れなのかもしれないが、この町の風土的な要因も大きく。


「グローバリズム」とは、「ローカリズム」の追及。

わが町大分は、「一村一品運動」でそのことを経験しているはずなのだが。

この国立公園歩きたい: Kings Canyon National Park, California


[visit the website]

定刻【2016.11.25】孤高のゴミ拾い: 19,844km/12,330mi

最近、15分くらい早くゴミ拾いに出るのですが、私を時計代わりにしている方もいらっしゃるので、「最近早くない?」と。

ジョギング中の方が、時計をちらりと。

すれ違う通勤・通学の方が、時計をちらりと。

バスの運転手さんと乗客の皆さんも時計をちらりと。

明るくなるのが遅くなったので、元に戻そうかどうしようかと思案中です。
今朝は朝から空も空気も気持ちよく、陽が昇ってから土手に腰かけ1時間くらい話し込んでしまいました。

 短い秋を楽しみたいと思っています。
皆様のご理解とご協力をお願い致します。

Thursday, November 24, 2016

大分市に原爆が落ちたなら

ゴミ拾い中にお会いする皆様が、「なんか日本もいよいよやね。怖いな」と口にされる。

アメリカ知人も心配してくれている。

自然災害は「神のみぞ知る」だが、人間が犯す恐怖は回避できるはず。

前世紀のアメリカでは、アメリカが日本に原爆を落としたことについて、学校では教えていなかったと記憶している。(今は知らない)

現在は、インターネットがあるので教えなくてもわかってしまうのだが。

大分でもたまに不発弾が発見され、その度に「まだ終わってないんだなぁ」とつくづく。
***
大分市中心部(JR大分駅上空600m)で広島型原爆が爆発した場合の被害範囲

爆発半径: 180m (0.1㎢)
空気爆発半径(20 psi): 340m (0.36㎢)
放射線半径:  1.2km (4.51㎢)
空気爆発半径(5 psi): 1.67km (8.78㎢)
熱放射線半径(3度熱傷):  1.91km (11.4㎢)
***
地球に安全な場所などもはや存在しない。

人を殺めることに躊躇しなくなったのは、世界も日本も同じこと。

ご近所問題がやっかいなのは、世界もコミュニティも同じこと。

例え両者の間にもめごとがあったとしても、挨拶(儀礼)はキチンとすればよろしい。

塩がなければ送ってあげればよろしい。

We keep the back channels open in hopes of saving off disaster.
災害(危機)を回避するためには、後ろのドアはいつも開けておけ
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子供ちゃんや若い世代の自殺も止められないものかな。

今彼らが見てる世界だけが全てではないことを、どうしたら伝えられるのだろう。
休むことも許されず
笑うことは止められて
這いつくばって、這いつくばって、一体何を探しているのか
探すのをやめた時、見つかることもよくある話で・・・
自らを殺めて夢の中には行けないと思うなぁ。
 ***
鉛色の空を見ながら考えた今朝のこと。

西寒多神社: 豊臣秀吉関連古文書

豊臣秀吉直書状(直書)写 天皇の意を受けて、関白秀吉が大友氏と島津氏との和睦を勧告したもの。 日付、宛名はないが、これとほとんど本文が同じ文書が天正13年(1585)10月2日付けで秀吉から島津氏宛に出されている。 本文書は同日付で秀吉から大友宛に出された「惣...