Tuesday, September 30, 2014

孤高の登拝(Going-to-the-God Trail): 28度目

4:30出立。

西寒多神社に到着した頃、少しだけ明るくなる。暗い登拝道を歩くのは危険なので、10月からは出立を少し遅らせようかと思っている。鳥居の下の暗い物体は、「西寒多にゃんこ」だった。先週は姿を見せなかったけど、鈴付きの首輪を付けてもらっていた。
薄暗い登拝道を登るにつれ、背中から頭にかけてゾワゾワしてきた。こういう日は、山の住人達が自分の前に現れる。5-6月は鹿に出会う事が多く、新緑のパワーが山の住人達にエネルギーを与えアクティブにさせる。夏に入り餌を求めて山里に移動したのか、彼等に出会うことはなかったが、ところどころ鹿の糞を見ることはできた。

本宮山(西寒多山)の住人達は、人間に対して警戒心が薄いのではないか。自分が先に彼等に気付くのだ。濃霧の登拝中、数メートルのニアミス段階で自分に気付いた鹿が、慌てて谷の細い所(↓)を下りようとして転げ落ちたことがある(左側)。
初夏の頃、体の小さな若い鹿と2度出会った。彼女は、警戒心のない優しい目でしばらく自分と対峙する。そして、ゆっくりと去り、しばらくしてこちらを振り返った。

今朝の登拝でのこと

8合目手前で携帯のアラームがけたたましく鳴った時、数メートル先の藪の中で「バッフッ!」という大きな声がして慌てて何かが走り出した。姿は見えなかったけど、イノシシが携帯アラームにビックリしたのであろう。自分もビックリしたけど。奥宮付近で藪の中を走り抜けたのは、鹿だったと思う。山の住人達が上にあがってきたのはなぜだろう?

登拝を終え下りてくると、この時間はいないはずの「西寒多にゃんこ」がベンチに寝そべっていた。しばらくにゃんこと世間話をしたのだが、首輪をよく見ると「ミイちゃん」と名前が書かれてあった。
ミイちゃんです!
今日から日記には「西寒多にゃんこ」改め「西寒多のミイちゃん」と記す。

Monday, September 29, 2014

孤高のゴミ拾い: 11,584km

拾った分だけ捨てられた。
今日はいつもより5分早くゴミ拾いに出る。

ゴミ拾いは定刻通りに出るのがベストなのだ。ルーチンワークは、イチロー選手のように毎回同じタイミングで同じ作業を淡々と繰り返すもの。

ある時、自分が早くゴミ拾いに出ると、通勤通学・ジョギングですれ違う人達、ドライバーさん、バスの運転手さんまでもが、チラリと時計を見ることに気付いた。

道中、寝たきりのシニアおばあちゃんが、自分がゴミ拾いを休むと「ゴミのお兄さんは、今日は通らんねと言うんじゃわ」と、家族の方からお聞きした。

見慣れた光景は実に心地よく、知らずとも人様のルーチンの中に組み込まれているものである。

七瀬川下流のゴミを拾うおうと、刈りたての土手を駆け下りたら、いつもお会いするシニア女性の「破竹さん」が声をかけてくれた。ゴミ拾い中、ご自身が土手で採った破竹を「採りすぎたからあげる」と。以来、日記帳には「破竹さん」と記す。

「蝮が犬を噛んだので注意するように」ということだ。

涼しくなったのでそろそろ大丈夫かなと思っていたが、今が活動的な時期であるらしい。破竹さんの小さい頃の蝮の思い出話と「蝮あるある」を5分ほど拝聴した。素人(KAI)はこれだから困っちゃうね。

ゴミ拾い道中、人生の大先輩のお話しを拝聴するというのも大切な業。

テーマは、ご近所話から昔話、戦争の話から武勇伝など多岐に渡っている。出戻り娘の話というのもあった。ご近所話を60分拝聴したこともある。その時は、20分毎に同じ話が繰り返され3回聞いたので、話の内容は今でもハッキリと覚えている。どこどこの誰が、あの土地を売って大儲けしたとか・・・そういう類の話。

知らなくてもいい(または知りたくもない)情報も入ってくる。人様の噂話には興味ないので専ら聞き役に徹しているが、情報取集は現場に出て自分の足でというのはへっぽこマーケターの基本姿勢だ。

蝮に噛まれたのは、いつも会うワンちゃん達かな・・・「でぃっしゅ」かな・・・最近見ないし。

Sunday, September 28, 2014

孤高のゴミ拾い: 11,568km

 いつも通りのゴミ量。安定の大分市のポイ捨てゴミ。

24時間もたない・・・

ゴミを拾っている自分を追い抜いた黒塗りの車にゴミを捨てられちゃったな。

道中、お声を掛けて下さった方々、あざーす。

Saturday, September 27, 2014

孤高のゴミ拾い: 11,552km

拾った倍捨てられた。24時間前に拾ったばかりなのに・・・壊れちゃってるんだな。1日では拾い切れなかったので、また明日に。
 写真は中間地点↑
中国北京のゴミ問題のニュース記事をいくつか読んだ。写真の中国の状況と大分市での自分のゴミ拾いの状況に差異はない。中国は今までマナーなどについての教育がされてこなかったのでこのような状況なのだが、大分の人達は、過去できていたことができなくなってしまったので性質が悪い。

北京と大分市の人口調整をして考えると、大分市の方がはるかに酷いのではないか。果たして、中国の人達が、人様のお墓やお地蔵さん、水田や畑にゴミを投げ込むのだろうか?大分市の人達は投げ込む。大分川・七瀬川(土手・川沿い)は、公共のゴミ捨て場だ。
多くの人が机の上のゴミを片すか、机の下に落とすかだが、自分は机の下のゴミを拾って歩いている。机の上がキレイになったからと言って、大分市のゴミ捨て人の数が減ったということにはならない。彼らは、机の下に捨て場所を変えるだけ。(過去の写真の一部↓)
自分が毎日のように長い距離を拾って歩いているのは、この地に多く存在する「やらない・やりたくない言い訳」をする人達に「たまたまでしょ」「一部の場所だけのことでしょ」と言われないため。そして、「本気」であることを態度で示し、コミュニティの方達と現実を共用・理解していただくため。

「ごみのないきれいなまち」という大分市であるが、日々写真のようなゴミを拾い歩く自分には「DIRTY and The CITY」にしか見えないのである。

「大分がしんけん好き!」と言う人は多い。郷土愛ランキング(2013)は34位の大分県だ。「しんけん好き」な町がゴミだらけでも、そこは気にならないのだろうか?皆さん無関心で。やはり34位くらいなのだろう。自分は郷土愛者ではないが、この地の文化・人・風土をリスペクトし、社会人としてゴミは拾っている。

我々の人類に対する最大の罪は、彼らを憎むことではなく、無関心であることだ。それは非人間性の真髄だ。

~バーナード・ショー~

関心を持っているふりだけをする人が多い世の中だ。
この町が心身共に美しい町になることを願いつつ、明日も「孤高のゴミ拾い」を。

Friday, September 26, 2014

孤高のゴミ拾い: 11,536km

有料化を待たずに小型家庭ゴミの投棄が多くなってきた。夏前くらいから徐々にね。
困ったなぁ・・・

蝮が姿を消し、秋が深まり草が枯れたら七瀬川の桶管(水門)に溜まったゴミを回収しなければならない。昨年の秋は、担当部署の方達がやってくれるのだろうと思って放置していたら、年が明け春が近づいてもそのままだったので、自分が回収した。
回収前↓

回収後↓
1人でやるの大変なんすよ・・・回収したゴミを運ぶのも。

冬の間しか拾えない所が何ヵ所もあり、更に年末の大量投棄と有料化で増えるポイ捨てゴミ・・・

これが、毎日のように10マイル拾って歩く「ゴミ拾い人」が目の当たりにする大分市の現実。

日々「現実」と闘っているのだ。

誰かがやらなければならないこと。

コミュニティの方達は、自分が抱えているゴミを見て「日本一だらしねぇ町」とつぶやく。

効率的に回収するプランを考えなければ。あと1ヵ月で有料化か。

霊山と肥後街道と空缶と
今日、七瀬川で沢蟹を捕獲した方とお話をした。結構大きな蟹で「上海蟹みたいなもんじゃわ」と、おっしゃってた。蟹飯にすると美味ということでレシピを教わった。
実に美味そうだ。

このキャンパス歩きたい: Kenyon College, Gambier, OH/UW, Seattle, WA

Kenyon College, Gambier, OH
このキャンパス毎日歩いていた(UW, Seattle, WA)

Wednesday, September 24, 2014

西寒多神社: 豊臣秀吉関連古文書

豊臣秀吉直書状(直書)写 天皇の意を受けて、関白秀吉が大友氏と島津氏との和睦を勧告したもの。 日付、宛名はないが、これとほとんど本文が同じ文書が天正13年(1585)10月2日付けで秀吉から島津氏宛に出されている。 本文書は同日付で秀吉から大友宛に出された「惣...