Tuesday, January 27, 2015

孤高のゴミ拾い(西寒多神社登拝道・参道ルート編): 12,842km

毎度毎度同じところにゴミが落ちてる。このルートのゴミ拾いは時間的な問題で浅めで、更に週1回なのでなかなか難しい。
ゴミは少なめだが、雑誌などが雨水を含みかなり重たかった。

どこを歩いてもゴミだらけだ・・・。

孤高の登拝(Going-to-the-God Trail): 45度目

寒気のない早朝の大分市で、真っ黒な空を見上げると霞んでいることが見て取れた。

雨上がりで足元が悪い中、まさかのライトの電池切れ。

幸いにも過去44度の経験で足が登拝道を覚えていたようで、夜目が効かずともスムースに進むことができた。

五感を研ぎすますということは、人間が生きていくために必要なスペックだが、それはスマホ世代には難しいことなのかもしれない。

夜目が効かず足元に不安があるのは、前半かな。

神社のスタッフさんによると、たまに暗闇で迷う登山者がいるということだった。

半月の月明りで十分なんだけど、雲霧帯の本宮山登拝道は真っ暗だった。

8合目からの大分市は、1ヵ月前と同じくらいの明るさだったが、霞んでいるのはわかった。
山の住民達は静かだった。

磐座の前でパンパンと2拍した音が、静寂の本宮山奥宮にこだました。

Saturday, January 24, 2015

孤高のゴミ拾い: 12,830km

家を出た時は寒く、霜に覆われた土手で滑って尻もちをついたりしたけど、徐々に暖かくなり沢山の方がウォーキング・散歩を楽しんでおられた。久々に沢山の方達と挨拶を交わし、立ち話をした。
 黒ニャンコもいつものように近づいてきて「にゃー」と鳴いた。
軽トラが自分を追い越して停車した。

窓を開けた男性が、「あなたが噂のKAIさんやな。いつもありがとう!」と声を掛けて頂いた。

恐縮です。

Friday, January 23, 2015

孤高のゴミ拾い: 12,815km

ブログを書き忘れるところだった。今日は写真だけ。
マスクのポイ捨てが急増してます。

自分の菌がべっとりとついたマスクを道端に捨てるのは、平気ですか?

自分さえよければ、他人がインフルに掛かろうが知ったこっちゃないですか?

人として下の下の行為ですよ。

Wednesday, January 21, 2015


#State of Union

孤高のゴミ拾い: 12,800km

最近、子供ちゃん達の登校がちょっとずつ遅くなってる。寒いからぐずぐずしてるのかもしれない。
七瀬川の竹の伐採が始まっているのだけど、やはりキレイにした方がいいのだろうか?シニアの方に聞いてみよう。川沿いの竹林はゴミ捨て場にもなっているので、その点は助かる。

ただ、破竹を採るのを楽しみにしている方は残念なのかもしれない。昨年は、ゴミ拾い中におすそ分けを頂戴した。

Tuesday, January 20, 2015

孤高のゴミ拾い(西寒多神社登拝道・参道ルート編): 12,785km

山を下りてきたところで、食べ物のパックが捨てられていた。参道はいつも通りの量を回収したが、10号線に出ると企業の人達がゴミ拾いをしていたので拾わなかった。
マクドナルドさんの店舗から500mくらいの間、写真のゴミが散乱していた。(写真は一部)

バイトの件についての広告だけど、こんなことをする人が働くのかな。

自分が回収したマックさんの店舗わきも、またゴミが溜まり始めている。

なかなか大変だね・・・マックさん。

『昔ながらの仕事』孤高の登拝(Going-to-the-God Road): 44度目

大寒の本宮山は、穏やかだった。8合目から望む大分市街地も徐々に明るくなってきた。
最近は、毎朝霞んでいる大分市。
「よく続くね」と皆さんに言われる。

特に登山好きというわけではない
特別な信仰心があるわけでもない

そういう人間が登拝を続けるところに意味があるんだけど、それは自分の心の中の話なので他人様には理解できないところでもある。

自分の中でもうひとつ重視しているところは、登拝道入口(西寒多神社)まで歩くこと。登拝道の往復も12kmで合計24kmの道中。

登山目的の人は、乗り物を使って西寒多神社まで行くが、自分の目的は「孤高の登拝」なので、そこの差別化は必要である。

この差別化は、「ボランティアゴミ拾い」「孤高のゴミ拾い」間にも存在する。

登拝の意味は大きいが、それ以上に登拝前後に歩く6kmに重きを置いている。

ゴミ拾いを続ける内に「自分には何かが足りない」と考え続ける日が続き、そして、ごく自然には始めた登拝だった。

この登拝を続けるのに一番大切なことは、心の準備である。心の準備がない登拝は惰性となり、長続きもしない。

登拝が終わった瞬間から次の登拝に向けての心の準備が始まり、前日には80%の状態に仕上げ、行きの6kmでピークにもっていく。帰りの6kmでは、現実の世界に戻りゴミを拾いながらイロイロ考え事をする。

登拝を始めてから「自分には何かが足りない」の答が出たのか否かはわからないが、ゴミ拾いに向かう姿勢は良くなったのではないかと思っている。その頃から、コミュニティの方達によく声を掛けて頂くようになったのは事実としてある。親切していただくことも多い。

ゴミ問題について「あなたはどう思うかね」とシニアの方達によく聞かれる。最近は、ゴミ問題以外についても意見を求められるようになった。

歩くことは現代人にとっては運動となってしまったが、昔ながらの仕事をきちんとするためには、歩くことは必要だ。

日本には、ボランティアではなく普段の生活の中でゴミを拾う習慣が長らくあったが、それは受け継がれていない。

昔ながらの仕事をキチンと。

世界・世の中のスピードに付いて行くのは大切だ。

芭蕉は、立石寺を35km通り過ぎたところで「あの寺は見といたほうがいいよ」と言われ、歩いて戻ったそうな。

七里帰って朝茶を飲むということも、たまには必要だ。

世界のスピード(主にアメリカだけど)に触れつつ、「孤高の登拝・ゴミ拾い」を繰り返すことでバランスをとることを心掛けている。

それは、自分にとって心身のバランスをとるということでもある。

Monday, January 19, 2015

孤高のゴミ拾い: 12,868km

今日もまた強風のゴミ拾い。浅く拾おうと思ったが、すぐ袋満杯になり2袋目に。家庭ゴミ(小型)の投棄が、相変わらず多く目立つ。
大分市の皆様、大分川・七瀬川(土手沿い道路含む)は、公共のゴミ捨て場ではありませんよ。

Saturday, January 17, 2015

孤高のゴミ拾い: 12,838km

今朝のゴミ拾いは、昨日とは一転強風の中での厳しい作業となった。
ゴミ拾いの最大の敵は雨ではなく風。回収・回収したゴミを袋に入れるのが大変で、更に土手の強風でゴミ袋があおられ前進できなくなる。後半の広瀬橋で強風に襲われ不覚にもよろけてしまい、高欄がなければ危うく川に転落するところだった。

浅めに拾ったつもりが、府内大橋手前で写真くらいの量となった。

Friday, January 16, 2015

黒ニャンコ(孤高のゴミ拾い: 12,823km)

今日は、春の朝のような暖かさだった。七瀬川で頭上を舞っていた鳥の群れがツバメに見えたのだけど、違うのかな?
まさかの投棄↓
大分川の土手に野良の黒ニャンコが住んでいて、暖かい日は日向ぼっこを楽しんでいる。
最初の頃は自分を警戒し、ゴミを拾って歩いていると慌てて住処か藪の中に隠れていたのだが、徐々に自分に興味を持つ視線に変わってきた。

今では、自分の姿を目視すると、「にゃーん」と鳴きながら足元にすり寄ってきてじゃれるようになった。
最初にじゃれられた時、「申し訳ないけど、野良ニャンコに餌はあげない主義なんだ。ごめんよ。」と、お断りはいれた。

黒ニャンコにはどなたかが餌をあげているようである。食べかけのお弁当や食べ物のゴミが、黒ニャンコの住処に散乱している日もある。

黒ニャンコが、なぜ自分を警戒しなくなったのかはわからないが、自分がゴミを拾っている姿は毎日見ているし、遊び場の土手、住処のゴミを拾ってくれる人間に敵対心はないのかもしれない。

黒ニャンコにもキチンと挨拶をしているからかもしれないね。

黒ニャンコをなでることはしないけど、すれ違う人達と同じく二言三言会話を交わし「また明日」と立ち去るだけの関係。

自分が来るといつも近くの木に止まるトンビに彼女がいることを知った。

山の動物たちもよそ者の自分にフレンドリーだ。

彼らが人間の領域に侵入しているのではなく、人間が彼らの領域を犯している・・・

心の中でそう思っていると、彼らもフレンドリーに接してくれるのかもしれない。

ペットや動物園などで暮らしていない動物にも優しくリスペクトしてあげないとね。

人間関係でも大切なことなのかもしれない。


5年ほど前、肥後街道を熊本に向け歩いていた道中、国境付近で道に迷い道なき道を進んでいると、一匹のニャンコに出会った。突然のことで驚いた表情を見せたが、しばらくするとニャンコは歩き始めた。ニャンコについていくと、ちょっと歩いては振り返りながら、道に迷った間抜けな人間を導いてくれていることに気付いた。

間もなくして人里に出て、肥後街道に戻ることができた。通りかかった里の人に道を尋ね、振り返るとニャンコの姿は既になかった。

また明日。

Wednesday, January 14, 2015

かくあるべし(孤高のゴミ拾い: 12,808km)

大分市のゴミポイ捨ては止まらず。(1.5袋分回収)
年が明けて春の引っ越しシーズンまではゴミが減る傾向にあったのだが、今年はそれがない。ピークと谷があったポイ捨て時期が、昨年から谷がなくなっているのが現状だ。

行政やボランティアの方達は、机の上のゴミを片づけてくれる。

しかしながら、ある場所がキレイになったからと言って、ゴミを捨てる人が少なくなったということではない。

ボランティアさんが何千人、何万人に増えたからと言って、町がキレイになるということでもない。

机の下のゴミは拾ってはくれないのだ。

捨てられる場所が、机の下に変わっただけの話だ。

そう簡単に人間の性根というものは変わらない。


日本人は律義で、決められたことは欧米人よりもキッチリと行動できる民族である。

外国のホテルで「チップは$1くらいで」とツアコンさんが言えば、皆がキッチリ$1を枕元に置くのが日本人。

来週の日曜日にボランティアゴミ拾いがあると決められていれば参加するものの、それ以上のことがないのも日本人。

日本流のボランティアゴミ拾い活動と日々のゴミ拾いは別次元の話である。

「悪因悪果」の「悪果」の部分にフォーカスをあてているのが、現在のポイ捨てゴミ対策だ。

「悪因」に着手するとなれば、泥水・ヘドロの中に自ら手を入れる人間が必要となる。

ポイ捨てゴミ問題は、大分市民の性根の問題であり、「点」で考えていては何も解決しない。

「線」「面」でも難しい時代、「3D(立体)」で対応しなければならない案件だ。

以前から何度か警鐘を鳴らしていたことがマクドナルドさんで起こってしまったが、近い将来、形は違うにしろ大分市で同じような悪果が発生するであろう。

その足音は徐々に大きくなってきた。

それを防ぐには「悪因」の部分に手を入れなければならない。

大分市に何万人のボランティアさんがいても、11人の泥水・ヘドロの中に手を入れる人間には敵わない。


ゴミ拾いルート中、多くの方達(特にシニア層)にポイ捨てゴミ問題についてのご意見を拝聴する。ごもっともなご意見(中には過激・理不尽なものも)もあるが、彼らが大声でそれを言わないのは、「自分は拾ってないから」「言っても無駄(変わらない)だから」「市長さんに怒られる」の3点のみ。

市長さんは怒らないと思いますよ。逆に、なぜ市長さんが怒ると思っているのかを知りたい。

1日15km以上、7-8のコミュニティのゴミを拾い続ける自分より現実をご存じの方が大分市にいらしたらご教示願い勉強させて頂きたい。反論があれば、経験と蓄積したデータを用いて論破させて頂く。ただ、その前にゴミ袋をもって机の下のゴミを1週間15km拾ってからにして下さい。

大分の町に暮らす民
山河の草花
この地の民と風土を守りがたる自負

それが、自ら泥水・ヘドロの中に手を入れる人間の支えとなる。

武士道は、大和魂となり日本民族の精神となった。
武士道は、今の日本に生きている。
将来、日本から武士道と言う言葉が一時的に消えるかもしれない。
しかし、消えたとしてもその香りが残る。
体系としての武士道が消えることがあっても、われわれの魂に刻み込まれた道徳としての武士道が消えることは絶対にあり得ない。
~新渡戸稲造「武士道」より~

山、川、田畑、人様のお墓、お地蔵様にゴミを投げ捨てる地に未来はない。

名誉・名声とは一切無縁の次元で、この地に忠義を果たすことのできる11人が必要だ。

陽の当たらない見えない所で泥水・ヘドロに手を入れるのには、強い勇気と精神が必要だ。

この地は、祖先から受け継いだものではない。子孫からの預かりものである。

かくあるべし。
(本文は、自治体・ボランティア活動を否定するものではありません。)

Tuesday, January 13, 2015

孤高のゴミ拾い(西寒多神社登拝道・参道ルート編): 12,793km

登拝道に吸い殻がちらほら。本宮山は枯葉に覆われているので吸い殻のポイ捨てはやめて頂きたい。

参拝道・10号線はゴミ多し。
寒田川は、ゴミが多いなぁ・・・。

孤高の登拝(Going-to-the-God Trail): 43度目

50%の月光でも真っ暗な登拝道はかなり明るくなる。この1週間で11月末くらいの明るさに戻ってきた。

早くも今年3度目の登拝。

連休は、多くの人が山に入ったのだろう。山の中には人間の入った残り香があった。

あっという間に1年が経過するのだろうね。1日1日を大切に、1回1回の登拝に今以上の意味を持たせよう。
最初は登山だったけど、今は長い坂道を上っている感覚になってきた。

自分は特に山好きというわけではない。奥宮・磐座が山の上に鎮座する。ただそれだけだ。

Monday, January 12, 2015

孤高のゴミ拾い: 12,781km

今日は、ハーフのゴミ拾いとなった。
中間地点で日記名「地主のHさん」に大量の野菜と果物を頂戴し、運びきれないので家まで車で送って頂いたため。
なんとも厚かましい話だ。

「いる?」と聞かれると、「ありがとうございます」と、若干食い気味に即答してしまう。

大根・白菜・セロリ・晩白柚・グレープフルーツ・八朔・・・。

「あなたに感銘を受けいている」と、いつもお心遣いを頂戴している。

「野菜をもらってるからといって、ゴミを拾いを義務に感じなくてもいいけんな」と。

昨日、ある事がきっかけでゴミを拾い始めた頃のことを思い出した。

最初は奇異な目でみられたり、イロイロ噂話をされ、時には根も葉もない話までまわりまわって耳に入ってくる事もあった。「金髪の嫁がおる」というのもあった。

けど、今は多くの人がすれ違う時、または車の中から声を掛けて下さる。

見ず知らずの人生の先輩方に「ありがとう」と丁寧に頭を下げられ、恐縮はするものの悪い気はしないが、薄っぺらい町にしてしまった責任は感じる。

最初は恐る恐るの子供ちゃん達も、今は挨拶してくれる。

態度・姿勢だけで空気を変えるのには時間がかかる。

一歩一歩あるいていくしかない。
美徳(excellence)は、訓練と習慣の賜物である。

我々は、あらかじめの美徳が具わっていたり、卓越した能力があるからこそ正しい行動ができるのではなく、正しい行動をするからこそ、美徳や卓越した能力が得られるのである。

我々が何であるかは、我々が繰り返し何を行ったかによって決まるのである。

それゆえ、美徳は行いではなく、習慣なのである。

~アリストテレス~
古き良きを新しきに伝えるために。

今晩は、この土地・人の優しさに感謝しながら頂いた野菜たっぷりの鍋をつつくことにする。

Sunday, January 11, 2015

孤高のゴミ拾い: 12,744km

軽めに拾うつもりだったけど、目の前にあるとついね。結局、帰宅した時には袋一杯になっていた。
1羽のトンビが3羽のカラスに追い回されていた。

その光景を眺めていたら、通りがかりのシニア男性が「トンビは自分で巣を作らずにカラスの巣を横取りする」と教えてくれた。

トンビに巣を取られそうになったカラスが撃退したんだな。

ちょっと前、3羽のカラスが1羽のカラスをボコボコにリンチしていたが、あれは何が原因だったのだろうか?

あんまりだったので止めに入ろうと思ったが、彼らには彼らの世界があるのでやめといた。大きなお世話はいけない。

人間の夫婦喧嘩の仲裁に入っていいことないよ。

また明日。

Saturday, January 10, 2015

孤高のゴミ拾い: 12,714km

相変わらずのゴミ量。
ちょっと体が重いのは、年末のゴミ量が多かったので、ちょっと疲労が蓄積されているのかもしれない。重たいゴミを持ってる長い距離を歩くため、歩き方が不自然になるので足への負担も大きい。靴の減り方が以前と違う。

昨年の日記を見ると、やはり今くらいは体が重たかったようだ。

拾う量を少し減らし、少し歩行速度を落として負担がかからないように続ける1月にしよう。

しかし、昨年同時期よりゴミ量は多い。

Friday, January 9, 2015

孤高のゴミ拾い: 12,714km

実に美しい景色だ。
実にだらしない町だ。
学校が始まり子供ちゃん達の声が聞こえるようになり、町が明るくなった。

インフルには気を付けてね。

Thursday, January 8, 2015

孤高のゴミ拾い: 12,699km

マクドナルドの深淵(KAI's MAGAZINEに同文投稿)

マクドナルドさんやお客様を攻撃するものではありません。

マクドナルドさんのスキャンダルが止まりません。

毎日15kmのゴミを拾って歩き、恐らく日本で一番マクドナルドさんのゴミを拾って歩いているゴミ拾い人ではないかと思っています。

そのゴミ拾い人が一番恐れていたこと、そして予測していた負のスパイラルが現実のものとなってしまいました。

「来るべき時が来てしまった」ということです。

私は、1980年代後半にアメリカの大学でマーケティングを学びました。その頃、マーケティングのパイオニアの代表格として、マクドナルドさんの素晴らしさについて何度もレクチャーを受け、当時「マーケティング」という言葉など知らなかった田舎者の私は深く感銘を受け、その後、マーケティングの道を歩むことになりました。

私にとって、今でもマクドナルドさんはマーケティングのリーディング・カンパニーとしてのポジショニングです。

しかしながら、そのマクドナルドさんが、昨今の異物混入問題、日本中に散乱する「M」マークのゴミを放置する企業になってしまった現状を見ると、私の認識は間違っていたのかもしれないと思わざる負えなくなってきました。(ゴミを捨てるのは、マクドナルドさんの責任ではありませんが)

1980年代後半のマクドナルド(USA)さんであれば、町中に散乱するゴミを許さないと思います。

アメリカと日本の経営方針・組織の違いもあったのでしょうし、マーケティング後進国の日本社会では、「儲かれば文句ないだろ」という考えもあったのかもしれません。

お手数ですが、過去の別ブログの投稿で経緯をご覧いただければと思います。

マクドナルドのサブリミナル効果
マクドナルドのプライド

今回の一連の経緯を、報道では「消費者が食に敏感になった」ということで締めくくりますが、それは一方通行の見方でしかなく、同時に「消費者はモラルに鈍感になった」ということについても触れなくてはなりません。

勿論、今回の一連のトラブルは、飲食としてはあってはならないことであることは間違いないです。

私のゴミ拾いルート上のマクドナルドさんの店舗と歩道(国道沿い)の間には、歩道から投げ込まれたゴミが散乱し堆積しています。
 回収後↓
マクドナルドさんのゴミもあれば、関係のないゴミもあります。

マクドナルドさんの立場は、「そこは自分たちのスペースではないから関係ない」ということなのだと思いますが、歩道から丸見えのゴミを見て、多くの通行人・コミュニティの方達は、「あの店はいつも汚ない」という認識になっています。(赤ライン)
そして、この一連の問題と町中に散乱する「M」マークのゴミです。

毎日ゴミを拾って歩かなくとも、誰もが「当然の結果」と思うでしょう。

私は、普段プライベートエリアのゴミは拾いませんが、一連の報道と昨日のマクドナルドさんと報道陣の質疑応答の映像を見て「これはヤバい」と思い、大きなお世話かもしれませんが、マクドナルドさんと歩道の間に堆積しているゴミを回収させて頂きました。

こういう事が放置され続ければ、今後も負のスパイラルが続くのは当たり前のことで、それはお客様にとっても、コミュニティにとっても良いことではないです。

町中に散乱するポイ捨てゴミに無関心な社会で暮らす人たちがお客様になり、従業員となるのです。

植え込みで境界を作り関係ないということかもしれませんが、マクドナルドさんの浄化槽タンク(?)から出た水がパイプから溝に流れ、そこにはゴミが散乱し、この寒い中虫がわいていたのです。
キッチンからは離れていますが、このような認識で飲食をやっていれば、何が起こってもおかしくないです。虫が入ることもあるでしょう。

こういう問題が起こっても、危機管理が薄い現場レベルなのではないでしょうか。

1:29:300の法則
1件の悲劇がある。その背景には29件のトラブル、300件の「ヒヤリ」「ハッ」とする体験がある。

マクドナルドさんの300件の「ヒヤリ」「ハッ」は、常日頃のゴミ拾いで感じていました。

今回の異物混入は、「29件のトラブル」でしょう。

ここで止めないと「1件の悲劇」が近い将来にやってきます。

これは、マクドナルドさんだけの問題だけではなく、飲食業界全体の問題ではないでしょうか。

ネットにより1日で地獄に突き落とされてしまいます。日々ビクビクしながらサービスしなければならないわけです。町中の飲食店中で同じようなことが続発するでしょう。

明日は我が身です。

マクドナルドさんの現状は、1980年代にマーケティングを学んだ人間にとっては気分の良いものではなく、そう思っているのは自分だけではないと思います。

アメリカのマーケティングを生業としている人達とも話をし、意見交換しました。

算盤を弾くことは大切ですが、マクドナルドさんは失ってしまったものを本気で取り戻しに行かなければなりません。

付け焼刃の処方箋では治らないレベルで、外科手術が必要となるでしょう。

まずは、町中に散乱する「M」マークのゴミ対策です。

時間はかかりますが、遠回りに見えてもそれが一番の近道です。

そこはマーケティング力ではないでしょうか。

従業員でもないただのゴミ拾い人が「これはヤバい」と感じ、大きなお世話をしてまで回収するのです。

つまり「相当ヤバい」ということですよ。

日本の1店舗の話ですが、雪崩は小さな小石が転がるところから始まります。

既に小石は転がり始めています。

異物混入は「ドミノ」かもしれませんが、抱える問題は「スパイラル」です。

しばらくは大変でしょうが、なんとか頑張ってください。

「孤高のゴミ拾い人」は応援してますし、これからも拾います。

Tuesday, January 6, 2015

孤高のゴミ拾い(西寒多神社登拝道・参道ルート編): 12,666km

雨の日はゴミは拾わないのだけど、登拝道~参道からの自宅までは週一回になるので、浅めに拾わさせてもらった。
ガッチリ拾えば満杯になったと思う。

初詣に来てゴミを捨てて帰って、なんかいい事あるんですかね?

孤高の登拝(Going-to-the-God Trail): 42度目

冬至を過ぎて20日くらいになるが、天候のせいもあってか冬至より明るくなるのが遅い気がする。
本宮山奥宮に到着すると雨が落ち始めた。

久しぶりの雨中登拝となったが、いつもと違う表情、声が聴こえるので大雨でなければ楽しい登拝となる。

本宮山は雲霧帯なので、天気の悪い日は霧が立ち込め幻想的であることが多い。

登拝道は、多種多様な木々の下を通るため雨にはあまり濡れず、雨音は神々しい調べを奏でる。

主な演者は、

高木層: イチイガシ/アラガシ
亜高木層: サカキ/ミミズバイ/ヤブツバキ/オガタマノキ/クロキ
低木層: アオキ/イズセンリョウ/クチナシ
草木層: ツルコウジ/ベニシダ

それに自分の叩く竹音が打楽器として加わるのだ。

なぜ竹を叩くのかと言うと、人間が山に進入したことを山の住人達に知らせるため。

本宮山の住人達は、人間への警戒心が薄いのか、まだ寝ぼけているのか、比較的ノンビリしていて自分の存在に気付くのが遅く、自分が先に気付くことが多いのだ。

一度、数メートに迫ったところで自分に気付き、慌てて谷を転げ落ちた猪もいた。

夏前、毎回若い鹿に出くわしていた。

最初は驚いて脱兎のごとく逃げた鹿も段々慣れてきたのか、霧の中でお互い立ち止まり、しばらく対峙することもあった。

登拝道から山に入る時、山の住人の気配を感じる事がある。

今は真っ暗なので自分より早い時間に登る人はいないが、自分の他に人間が山に入った事もわかるようになる。

毎日のように大分川~七瀬川のゴミを拾っていると、同様にイロイロな事がわかるようになる。

見えなかったものが見えるようになった、聴こえなかったものが聴こえるようになったり、感じなかったものが感じるようになるもので。(オカルト的なことではないですよ)

便利になった世の中は、人間の生まれ持って備わっている能力を奪ってしまった。

二次元の世界、人工的な美しさに慣れきってしまった。

五感をフルに使わなければ、第六感は湧いてこない。

人間とはなんとも不思議な生き物だ。

Monday, January 5, 2015

孤高のゴミ拾い: 12,654km

町が通常に戻った。あとは新学期の子供ちゃん待ちだが、始業式は8日くらいからかな?

台風の大水で七瀬川上流から流れてきたゴミに着手。
漂流物の多くが川岸に溜まった流木などの植物の上にあるため、足を踏み入れる場所は川の上。

足場を確認しながらの作業となったが、踏み入れてみると結構ガッシリとしていてはまり込むことはなかった。

この溜まったゴミが、次の大雨で「水洗式」に大分川から海に流れていくのを見て見ぬふりはできないし、それを今までこの町はずっと繰り返してきたわけだ。
1個ずつ拾って土手の方に投げて一所に集めていたら、通りかかったディッシュと日記名「ディッシュの旦那さん」が土手を下りてきて手伝ってくれた。
そして、ディッシュと旦那さんは去って行った。
ありがとうございました。

自分ごときができることなど屁の突っ張りにもならないが、やらないよりはマシだと思っている。

誰もやらないのなら自分がやるしかない。

川沿いを含め、この町には見て見ぬふりをされ続け、ゴミが大量に放置されている場所が多数存在するので、大分市全域だとかなりのものだろう。

大分市民の皆様、関係各所にご理解とご協力をお願い致します。
Is this land made for you and me?

Nobody living can ever stop me,
As I go walking that freedom highway;
Nobody living can ever make me turn back

This land was made for you and me.

西寒多神社: 豊臣秀吉関連古文書

豊臣秀吉直書状(直書)写 天皇の意を受けて、関白秀吉が大友氏と島津氏との和睦を勧告したもの。 日付、宛名はないが、これとほとんど本文が同じ文書が天正13年(1585)10月2日付けで秀吉から島津氏宛に出されている。 本文書は同日付で秀吉から大友宛に出された「惣...